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【Vol.92号記事】 科学技術といのち

今日はあまりスピリチュアルと関係無さそうな「科学技術」という事についてお話しします。

実はこの発展とその幕開けは私達日本人にとっては切っても切れない重要な出来事に関係していて、それは霊的な事を語るに欠かす事の出来ない『いのち』にとても関わりの深い事柄です。

20世紀以降、飛躍的に進化し、それまでの世界と決定的に違いをもたらした一つが「科学技術」の出現でした。
科学は学問として行われる様になり、科学者という専門家が現れたのは19世紀くらいだそうです。
今でこそ科学技術とひとくくりにして何の違和感もありませんが、昔は『科学』と『技術』は結びつきが無く、
またその世界にいる人々のスタンスは全く異なるものでした。

技術は人間の生活が進歩して行く中で実践から生まれ、その時その時結果を出しては養われて来た世界です。
一方、科学は知的好奇心から始まった思弁的な世界で、学問的で、研究結果は実践として応用することはありませんでした。

ヨーロッパの学問のエッセンスであるギリシャ哲学は、思弁的である事がステイタスで、労働から開放される事が特権階級へと結びつき、実践(労働)は卑しいものとなり、哲学者達は実践的活動に意味を持たせませんでした。

つまり発明家や技術者といった職人は科学とは全く関係のないフィールドから生まれて、科学とは違う方面で発展したと考えられます。
それが19世紀くらいから徐々に歩み寄りを見せ始めます。
さて、時間をかけて歩み寄りを見せたこの二つの分野がやがて形となって結果に結びつく出来事を引き起こします。

世界で最初の科学技術の試みはいったいどこでどのようにして行われたのでしょう?
これは戦争です。それまでとは全く違う世界を決定づける科学技術の登場を宣言したのは広島に投下された原子爆弾でした。
そして次々に科学技術は発展し、ついに母なる大地を離れ、宇宙へと飛び出しました。
その一方で、外へと大きく広がった科学技術は、内なる小さな小さな分野、つまり遺伝子にも及びました。

科学技術の発展は私達人間の暮らしをとても便利にしたり、夢を与えてくれる一方で、深刻な事態を簡単に作り出せる事も知らしめました。
環境ホルモンなど、化学物質の生産によって、それまで直接的にしか誰かに危害を加えることが出来なかった世界が、見た事も会った事も無い人にまで危害を加えられる世界になったということです。

その対象は人間だけでなく、私達の住むこの地球にも及びました。
そして地球自体が病み始め、環境破壊、生態系といった言葉が世に出てくる様になったのです。

科学技術の発展により、「自分がされて嫌な事は人にはしないようにしよう」という対面の理論では成り立たない時代になってきました。
一人が責任を負うのは顔の見える相手に対してでよかった時代は終わりを告げ、一人一人が顔の見えない相手にまで責任を考えなければならない時代になりました。

アメリカン・インディアンの一部族であるラコタ族には別れや結びの言葉としてよく「ミタクウェ・オヤシン」(all my relation)日本語で『すべてとつながるいのちと共に』と言います。

すべてと繋がるいのちとは、人間のみならず、地球と地球上に存在するすべての生命を指し、共栄共存の平和を願う言葉でもあります。

私達人間は科学技術の恩恵なしには生きられなくなってきていますが、一方でその恩恵を得るために自らの首を絞めてきたことも確かで、今多くの課題を私達一人一人が背負っています。
一人一人がこの課題に取り組まなければなりません。
これはエコブームという流行のようなもので片付けられる話でもありません。
政府や専門機関といったところに任せるのは簡単です。しかしその結果の責任の所在が曖昧になってしまう事を忘れてはなりません。

これから先、いのちに希望のある世界を新しく作っていくのは私達一人一人の責任です。