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【Vol.64号記事】 憑依体質1

さて、今回はしばらくぶりに心霊的お話です。
憑依体質あるいは、波動過敏症というのは科学的に根拠の無いとも言われる微細なエネルギーを知覚しやすい体質の事を言います。精神世界においてはこの微細なエネルギー(サトルエネルギー)を扱う世界といっても過言ではありません。

実際、この現象は、それを知覚した人にしかわからない現象で、ポルターガイストなどの外部的現象でもないために、知覚した事の無い人にはまったく理解できないかもしれません。
現象としては胸が痛む、息苦しい、背中が痛い、首の後ろが痛い、といった肉体的知覚に現れたりします。

さて、この原因はいったいなんなのでしょう? いろいろな原因があります。
「よく○○霊がついている」とか言う方がいます。エネルギーをまとめて「霊」とすればあながち間違いではない
のですが、たいがいこのような事を言う方はすでに死んだ人の霊魂を指していたりするので、そうなってくるとちょっと違うこともあるんですね。

人の想念は別の言い方をすれば生霊。こういったものの干渉は大なり小なり私達は日常生活で感じている事です。
たとえば奥さんが旦那さんの顔を見たわけでもないのに「あ、今日は機嫌が悪いな」とか分かったりする。
オーラの交わりが深いと深いだけそういう事は起きます。特に相手の事を解ろうという共鳴意識が高ければ高い程。
一方、赤の他人の間でも、オーラの交わりが深いわけでもないのに、念が強い(この場合、イメージ的には目が粗くて重い感じの)
せいで干渉は起きます。

このようなことは日常生活で起きているのですが、先に述べた通り、共鳴意識や細心を払っているかどうかで
知覚しないこともあります。また、目が粗くて重たい感じのエネルギーは言い方を変えると濃いエネルギーなので細心を払わなくとも知覚する事が可能だと思います。
人がリラックスして幸福感をじわじわ感じている状況より怒ってたりイライラしていたりする状況の方がより知覚されやすいでしょう。

次回は傾向別に引き続き憑依体質についてお話ししていきます。

【Vol.63号記事】 諦めも肝心

人生とは、自分で切り開いていくもの。
自分の資質を発揮し、前に進んでいくもの。
・・・とはいえ、人生において変えられる事と、変えられない事があります。

発想の転換、ものの見方や受け止め方の変化などで、今の自分の状況を変えていく事が出来ると同時に、現時点で理解していない自分の可能性を知る事で、新しい物事が出来たり、進んでいく事が可能です。

一方、変えられない事とは? 宿命のような物でしょうか? 
輪廻転生論で言えば、私達はスピリチュアルな遺伝と
DNAの遺伝情報とがあり、どちらも変える事は出来ません。
スピリチュアルな遺伝は転生前に「来世でどんなことを学ぶのか」
を決めた際の『企画書』のようなものと考えられます。
DNAの遺伝情報はその企画書をこの物質世界でより良く具現化するための器。

生まれた国や両親、その時代などは変える事が出来ません。
それと同時に、DNAに刻まれた情報は無意識層のベースとなっていますので
これ自体は滅多に本人が気付く事はありません。

時々「なんでこんな家に生まれてきたんだろう?」「なんでこんな両親から生まれてきたんだろう?」
そんな風に思う事があるかもしれません。
人生の苦境に立った時、その苦しみを家や両親や国のせいにしたくなることもあるかもしれません。
最悪なのは前世のせいにしたり!・・・やれやれ・・・
いずれにせよ、そこで恨みつらみを言っていても仕方が無いのです。
ネガティヴな事を思い続けていたら、それに見合った事しか起きませんよ。
それならそれで開き直って諦める事。思念は現実を引き寄せます。

癒しの世界では、よく「ありのままの自分を生きましょう」と言いますが、これは変えられないものをよく見極め、認め、それに対するネガティヴな思念を手放しましょう。という意味も含まれます。
そして自問自答してみましょう。
「自分に取って変えられないものは何だろう?」

いつか、きっと、この変えられないDNAを持って生まれた意味に気付く時が来るでしょう。

【Vol.62号記事】 道具意識

レイキ勉強会などで度々口にしている言葉「道具意識」。
これはヒーリングをするヒーラー、セラピストはその仕事をする時、意識していただきたい事からお話ししています。

自分の体はもとより、それを取り巻くエネルギー体も含めて
よりいっそうきめの細かいバランスの取れたエネルギーを取り扱う身としてその微細なエネルギーを通す導管としての道具意識。
簡単な言い方をすると、高次エネルギーを通す導管として、謙虚な気持ちをもって、そのエネルギーに畏敬の念を持って、自分を使っていただくという意識です。

これは、誠心誠意、ヒーリングを必要としている方に対し、ベストな事が出来る様に心がけていただきたいと思っていることです。

ラコタ居留区にいる師であるメディシンマン達のなかで、私が最も影響を受けた人のグランパにあたる大聖人フールズ・クロウは、「私はワカンタンカ(偉大なるスピリット。
全知全能の宇宙のような神聖な存在)の意志をこの世に
降ろして具現化する道具にしか過ぎない」と語っていて、私はその言葉に非常に感銘を受けました。

講座では常に「癒しを実現するのはクライアント自身で、ヒーラーはその助けをしているだけです」とお話ししていますが、これも同じような意味があります。
人は、その人一人一人が本来持っている『本質』があって、それはその人一人一人の個性、魂の核です。ヒーラーはその本質に語りかける高次エネルギーの通り道となってこの物質次元に降ろすだけで、癒しを具現化するのはクライアント自身。つまりクライアント自身こそが本当のヒーラーなのです。

道具意識とは自分を取り巻く人々はもちろんの事、自分が生きている大地、自然の営み・・・
謙虚な気持ちと畏敬の念で触れ、神聖なエネルギーを受け取れるよう自分自身の体も心も、エネルギー体にも浄化を心がけること。
そして、癒しの仕事をさせていただいている事を忘れてはなりません。

私はちょくちょく滝行をしていますが、『山の行より里の行』と言う様に行で悟った事をいかに社会の中で活かしていくかが肝心。
いかに日々の行いで、その時点の自分が持ちうる最善の心を最善を持って行っていけるかが大切。
言うは易し行うは難しですが、こういったものは焦ったところで自分のその時点での身の丈以上の何かを手にする事は出来ません。

だからこそ、他者に癒しを提供するのなら、道具意識を忘れない事です。