近年『スピリチュアルカウンセラー』と名乗る方が増えていますね。
私がこの仕事を始めた頃は、このような肩書き(?)は見られなかったと思います。
気をつけたいのが『占い(占術鑑定)』と『カウンセリング』は違うということです。
鑑定の仕方によってはカウンセリングと似たところはありますが、占いで許される事でも
カウンセリングでは許されない事があります。その逆もあるでしょう。
アメリカで何度かこのような方にカウンセリングやリーディングを受けましたが、
たとえネガティヴな事であれ、愛を持って接してくれます。それが白人だろうと
ネイティヴ・アメリカンであろうと。まずはAll Welcomeです。
先日、近頃有名なあるスピリチュアルカウンセラーを名乗る方に会いました。
その方の本業はミュージシャンですが、占いがよく当たるという噂を聞いて伺ったのです。
年明けから今後の仕事の事で大きな転機になる出来事があったため
尋ねてみようと思ったのです。本当にたまたま、お茶している時に噂を耳にしました。
大切な先生が亡くなったばかりで打ちひしがれていた時で、そんな時にあって、
これも何かの縁かな?と軽い気持ちだったのですが、行ってみて・・・酷い。
こちらが何も話していないのに色々言い当てるというのは、古くは霊媒師をはじめとして
ある事ですが、言い当てるのではなく、ありもしない事を取り立てて「責める」。
せめて尋ねた理由や相談内容を聞いてからならいいのですが、椅子に座ってから
有無も言わせずにです。
実はそれには伏線があって、部屋に入る前にアシスタントの方がオーラ写真を撮ってくれました。
「以前いつ頃撮られました?」と尋ねられたので、正直に「実は仕事でこの機器を使ってるので、昨日撮りました」と答えたんです。
というのも、当店で使っているオーラ機器の調整で確かに前日に撮ったのです。
すると、『オーラ系専門家の方』と思われたのか、機器の取り扱いに慣れていないとおっしゃる
アシスタントの方が、機器に出てくる表示内容についていろいろ訊ねてきたのです。
違うメーカーのものですが、表示内容はほぼ同じものなので、私がリーディングのために
教わった事を元にお答えしました。
・・・これが悪かったんですかね。情報は別室にいるスピリチュアルカウンセラーの元に
行った様です。同業者と思われたのか、偵察に来たと思われたのか分かりませんが、
頭ごなしに『人格否定』から始まったのでびっくりです。こちらが口を開こうものなら「黙れ」と。
これでは傾聴を重んじるカウンセラーの風上にも置けません。
私はただ時が経つのを待ちました。その方の攻撃的なオーラ(?)に圧倒されて、寒気がしてきました。
心の中で天使祝詞(聖母マリアの祈り)を唱え、軽々しくこういったものに頼ろうとした事に許しを
乞いました。自業自得ですし、逃げる理由もありません、最後まで様子を見ようと思いました。
やがて、仕事の話になって「アロマセラピーの施術をしている」と言った途端、彼の態度が急に態度が変わりました。
同業者じゃないと分かったんですね。しかしもう私の方から何かを尋ねようという気持ちはありませんでした。
そして、なぜここに来たのかの理由を尋ねられたので、たまたまお茶をしている時に後ろに座っていた
女の子達が噂話しているのを聞いてネットで調べた・・・と答えました。
ここでさらに態度ががらっと温和に変化して。
純粋な動機であった事をやっと分かってもらえたんでしょうか。
「毎日30人以上相手にして大変なんだ。予約日以外は芸能の仕事だしね」と言う彼は
自己顕示欲が強いとは思いますが本当は温和で優しい方だと思います。
私が帰る時に彼がこう尋ねました。「また会う事はありますか?」 つまり、また私が彼の元を訪ねるかどうかという問いです。
分かりませんが、無いとは言い切れません。
本当は心根の良い方ですし、今回を振り返るに、実は純粋で臆病な人なのかもしれません。
私は彼の問いに「たぶん」と答えました。ひょっとしたら、何かの拍子に音楽の方で会うかもしれないですし。
すると彼は私の元へやってきて、抱きしめたいと言うのです。
今更とは思いましたが、ギスギスしたまま終わらなくて何よりでした。
しかし、占い師ならばまだしも、カウンセラーと名乗るのはいかがなものでしょう。
「私もOK。あなたもOK」の精神はどこへいってしまったのでしょう?
どうか、それがスピリチュアルだろうがなんであろうが、カウンセラーと名乗る以上は
「どんな相手であれ、まず受け入れる」を忘れてはならないと思います。